宮城県登米(とめ)市登米(とよま)町の町並みです。
看板建築のほか伝統的建築や擬洋風建築などが密集し、みやぎの明治村とも呼ばれています。

狭い範囲に多くの建物が建ち並んでいるので、半日もかからずに歩いて見て回れます。

江戸時代には登米伊達氏の城下町、北上川の舟運の中継港として栄えたところ

明治以降、陸上交通の発達により衰退し、結果として古い町並みが残ることになりました。

伝統的建築では、今も味噌、醤油などを製造しているヤマカノ醸造

なまこ壁の店蔵の奥には

味噌などを製造している蔵もあり、商蔵などとともに国の登録有形文化財となっています。

また、海老喜は店蔵の奥に旧酒蔵や味噌・醤油蔵などが残され、ホールや資料館として利用されているようです。(写真下右の文庫蔵とともに国登録有形文化財)

一本西側には、落ち着いた雰囲気の武家屋敷通りがあり

明治初期に置かれていた旧水沢県庁や

喫茶店として利用されている武家屋敷の春蘭亭なども見ることができます。

そして少し離れたところになりますが、静かな山中にある興福寺には

擬洋風建築の六角堂があります。

説明書きによると明治17年(1884年)4月の創建で

大工棟梁は鈴木長作とのこと

このほかにも、以前紹介した旧登米警察署やこの後に紹介する予定の旧登米高等尋常小学校などもあり、多彩な建物を存分に楽しみ満足させていただきました。
1 訪 問 年 月 2018年11月
2 お気に入り度 ★★★★
3 参 考 みやぎの明治村 とよま振興公社
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看板建築のほか伝統的建築や擬洋風建築などが密集し、みやぎの明治村とも呼ばれています。

狭い範囲に多くの建物が建ち並んでいるので、半日もかからずに歩いて見て回れます。

江戸時代には登米伊達氏の城下町、北上川の舟運の中継港として栄えたところ

明治以降、陸上交通の発達により衰退し、結果として古い町並みが残ることになりました。

伝統的建築では、今も味噌、醤油などを製造しているヤマカノ醸造

なまこ壁の店蔵の奥には

味噌などを製造している蔵もあり、商蔵などとともに国の登録有形文化財となっています。

また、海老喜は店蔵の奥に旧酒蔵や味噌・醤油蔵などが残され、ホールや資料館として利用されているようです。(写真下右の文庫蔵とともに国登録有形文化財)

一本西側には、落ち着いた雰囲気の武家屋敷通りがあり

明治初期に置かれていた旧水沢県庁や

喫茶店として利用されている武家屋敷の春蘭亭なども見ることができます。

そして少し離れたところになりますが、静かな山中にある興福寺には

擬洋風建築の六角堂があります。

説明書きによると明治17年(1884年)4月の創建で

大工棟梁は鈴木長作とのこと

このほかにも、以前紹介した旧登米警察署やこの後に紹介する予定の旧登米高等尋常小学校などもあり、多彩な建物を存分に楽しみ満足させていただきました。
1 訪 問 年 月 2018年11月
2 お気に入り度 ★★★★
3 参 考 みやぎの明治村 とよま振興公社
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