大分県臼杵市は、大友宗麟により築かれた臼杵城の城下町です。

町の中心部、城郭が築かれた小高い山は、もともとは丹生島と呼ばれる島で、四方が海に囲まれた天然の要害だったそうです。(写真は古橋口と鐙坂)

その周辺の干潟を干拓して、城下町を整備したとのこと。

天守は残っていませんが、こちらの畳櫓と卯寅口門脇櫓が現存しています。

高低差がかなりあるためか、その規模と比べると立派な石垣が整備されていました。

一際大きな櫓台石垣は、二重の角を持つ鞘石垣と呼ばれています。

今回は二の丸跡を中心に見たのですが、石垣はその入口にもあり

一部は土塁となっているところもありました。

復元された二の丸大門櫓を抜けると

中は公園となっており

湾曲した白い城壁の向こう側に、もともと海だったという臼杵の城下が一望できました。

1 訪 問 年 月 2026年2月
2 お気に入り度 ★★★★
<参考>
・臼杵城跡パンフレット 神奈川大学
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町の中心部、城郭が築かれた小高い山は、もともとは丹生島と呼ばれる島で、四方が海に囲まれた天然の要害だったそうです。(写真は古橋口と鐙坂)

その周辺の干潟を干拓して、城下町を整備したとのこと。

天守は残っていませんが、こちらの畳櫓と卯寅口門脇櫓が現存しています。

高低差がかなりあるためか、その規模と比べると立派な石垣が整備されていました。

一際大きな櫓台石垣は、二重の角を持つ鞘石垣と呼ばれています。

今回は二の丸跡を中心に見たのですが、石垣はその入口にもあり

一部は土塁となっているところもありました。

復元された二の丸大門櫓を抜けると

中は公園となっており

湾曲した白い城壁の向こう側に、もともと海だったという臼杵の城下が一望できました。

1 訪 問 年 月 2026年2月
2 お気に入り度 ★★★★
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・臼杵城跡パンフレット 神奈川大学
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