京都府与謝野町加悦にあるちりめん街道の町並み
加悦谷は絹織物「丹後ちりめん」の一大産地として古くから知られるところ
もともとは城下町とのことで、堀として利用されていた加悦奥川が町の北側を流れています。
取り壊された古い天神橋の石造の欄干が川べりに保存されていました。

ここから南に古い町並みが続いています。
まず目につくのが井筒屋旅館(昭和8年再建)、いまも現役のようですね。

道幅の広い通りの両側に民家が建ち並んでいます。

それぞれの建物に説明書き付いており、非常に親切でわかりやすかったですね。

川嶋家住宅は、昭和2年の丹後大震災後に建てられたちりめん街道唯一の元酒蔵です。

まだまだ古い民家が建ち並んでおり

重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

通りの途中にある桝形にある実相寺

桝形部にある建物

下村家住宅は現存する建物としては最も古く、文化元年(1804年)の建築とのこと

桝形を過ぎた後も町並みは続きます。

土蔵造りの建物

白壁の建物は明るい日差しの下ではよく映えますね。

いまでも機織りの音が聞こえるこの辺りには宝厳寺や天満神社などのほか、さきに紹介した旧伊藤医院診療所の建物もあります。

その先に加悦谷の丹後ちりめん始祖の一人、手米屋小右衛門の直系にあたる杉本治助家住宅があり、建物前には「縮緬発祥の地」の石碑が建てられていました。

同じ京都でも観光客が少なく、静かに町並みを楽しむことができるのがうれしいですね。

この他に、国の重要文化財に指定されている旧尾藤家住宅も拝見しましたが、別の記事で紹介させていただきます。
1 訪 問 年 月 2026年4月
2 お気に入り度 ★★★★★
<参考>
・ちりめん街道 与謝野町観光協会
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加悦谷は絹織物「丹後ちりめん」の一大産地として古くから知られるところ
もともとは城下町とのことで、堀として利用されていた加悦奥川が町の北側を流れています。
取り壊された古い天神橋の石造の欄干が川べりに保存されていました。

ここから南に古い町並みが続いています。
まず目につくのが井筒屋旅館(昭和8年再建)、いまも現役のようですね。

道幅の広い通りの両側に民家が建ち並んでいます。

それぞれの建物に説明書き付いており、非常に親切でわかりやすかったですね。

川嶋家住宅は、昭和2年の丹後大震災後に建てられたちりめん街道唯一の元酒蔵です。

まだまだ古い民家が建ち並んでおり

重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

通りの途中にある桝形にある実相寺

桝形部にある建物

下村家住宅は現存する建物としては最も古く、文化元年(1804年)の建築とのこと

桝形を過ぎた後も町並みは続きます。

土蔵造りの建物

白壁の建物は明るい日差しの下ではよく映えますね。

いまでも機織りの音が聞こえるこの辺りには宝厳寺や天満神社などのほか、さきに紹介した旧伊藤医院診療所の建物もあります。

その先に加悦谷の丹後ちりめん始祖の一人、手米屋小右衛門の直系にあたる杉本治助家住宅があり、建物前には「縮緬発祥の地」の石碑が建てられていました。

同じ京都でも観光客が少なく、静かに町並みを楽しむことができるのがうれしいですね。

この他に、国の重要文化財に指定されている旧尾藤家住宅も拝見しましたが、別の記事で紹介させていただきます。
1 訪 問 年 月 2026年4月
2 お気に入り度 ★★★★★
<参考>
・ちりめん街道 与謝野町観光協会
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コメント
コメント一覧 (2)
こうして訪ねるとまだまだ、昭和の場所以前の場所があるんですよねぇ~こういう所は残して欲しいですよねぇ~!
terra_alma
が
しました