山口市は、室町時代に防長2国を治めることになった守護大名大内氏がその本拠地としたところ。
賀茂川に見立てられた一の坂川の周辺は、大内氏により祇園社を勧請した八坂神社など京都を模したまちづくりが進められ、西の京とも呼ばれています。(写真は一の坂川)

伊勢大路や北野小路などの街路による町割りが行われ

八坂神社の西を通る竪小路は、江戸時代には防府と萩を結ぶ萩往還として賑わい

幕末に萩から山口に藩庁を移してからは、明治維新の志士たちが活動する場ともなりました。

ただ、古い建物が連なる町並みがあるわけではなく

近代建築も先に紹介した河村写真館などがわずかにみられるぐらいですが

ご覧のような伝統建築が点在しており

ちょっとした散歩をするには打ってつけのところですね。

その中で、一際目を引く建物がこちらの旧野村家住宅(国登録有形文化財)
<参考> 旧野村家住宅主屋 文化遺産オンライン

1886年(明治19年)に造り酒屋の店舗兼住宅として建てられた建物で

役割を終えた後、山口市に寄贈され

現在は伝統工芸の常設展示を行う「まなび館」として公開されています。

部材には主に松が使われ

太い桁や梁がいい味を出しています。

この他に格子窓の店舗などもあり、建物を見ながら散策するのが楽しい町並みでした。

長くなりますので、多くの志士たちが出入りした建物、十朋亭は次の記事で紹介いたします。
1 訪 問 年 月 2026年2月
2 お気に入り度 ★★★★
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賀茂川に見立てられた一の坂川の周辺は、大内氏により祇園社を勧請した八坂神社など京都を模したまちづくりが進められ、西の京とも呼ばれています。(写真は一の坂川)

伊勢大路や北野小路などの街路による町割りが行われ

八坂神社の西を通る竪小路は、江戸時代には防府と萩を結ぶ萩往還として賑わい

幕末に萩から山口に藩庁を移してからは、明治維新の志士たちが活動する場ともなりました。

ただ、古い建物が連なる町並みがあるわけではなく

近代建築も先に紹介した河村写真館などがわずかにみられるぐらいですが

ご覧のような伝統建築が点在しており

ちょっとした散歩をするには打ってつけのところですね。

その中で、一際目を引く建物がこちらの旧野村家住宅(国登録有形文化財)
<参考> 旧野村家住宅主屋 文化遺産オンライン

1886年(明治19年)に造り酒屋の店舗兼住宅として建てられた建物で

役割を終えた後、山口市に寄贈され

現在は伝統工芸の常設展示を行う「まなび館」として公開されています。

部材には主に松が使われ

太い桁や梁がいい味を出しています。

この他に格子窓の店舗などもあり、建物を見ながら散策するのが楽しい町並みでした。

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1 訪 問 年 月 2026年2月
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