今回は趣向を変えまして、北海道稚内市にある建造物、稚内港北防波堤ドームを紹介いたします。

北海道と旧樺太を結ぶ鉄道連絡船の桟橋と利用する乗客を保護するために建設されたもの

稚内特有の強烈な風と高波のため、防波堤としては異色のドーム状の形態をとり、高さは約14m、延長は427mにも及んでいます。(土木学会選奨土木遺産、北海道遺産に選定)

古代ギリシャ建築を思わせるようなエンタシス状の70本の列柱が並ぶ姿は壮観ですね。

設計は北海道庁技師の土谷実

まだ北海道帝国大学を出て3年目から設計に取り掛かり、5年の年月をかけて建設にこぎつけましたが、前例のないデザインだったこともあり型枠の制作などに苦労されたそうです。

戦後、旧樺太行きの線路がなくなった後は、防波堤と石炭置き場として使われていました。

塩害でボロボロになり取り壊されることになったのですが、稚内市のシンボルとして定着していた建造物として、市民の熱心な働きがけもあり原型に忠実に復元されたそうです。

復元するのは大変だったと思いますが、これだけの建造物を残してくれたことに感謝いたします。
1 訪 問 年 月 2021年9月
2 建 築 年 1936年(昭和11年)、復元:1980年(昭和55年)
3 設 計 者 土谷実(北海道庁稚内築港事務所技師)
4 お気に入り度 ★★★★
<参考>
・稚内港北防波堤 土木学会選奨土木遺産
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北海道と旧樺太を結ぶ鉄道連絡船の桟橋と利用する乗客を保護するために建設されたもの

稚内特有の強烈な風と高波のため、防波堤としては異色のドーム状の形態をとり、高さは約14m、延長は427mにも及んでいます。(土木学会選奨土木遺産、北海道遺産に選定)

古代ギリシャ建築を思わせるようなエンタシス状の70本の列柱が並ぶ姿は壮観ですね。

設計は北海道庁技師の土谷実

まだ北海道帝国大学を出て3年目から設計に取り掛かり、5年の年月をかけて建設にこぎつけましたが、前例のないデザインだったこともあり型枠の制作などに苦労されたそうです。

戦後、旧樺太行きの線路がなくなった後は、防波堤と石炭置き場として使われていました。

塩害でボロボロになり取り壊されることになったのですが、稚内市のシンボルとして定着していた建造物として、市民の熱心な働きがけもあり原型に忠実に復元されたそうです。

復元するのは大変だったと思いますが、これだけの建造物を残してくれたことに感謝いたします。
1 訪 問 年 月 2021年9月
2 建 築 年 1936年(昭和11年)、復元:1980年(昭和55年)
3 設 計 者 土谷実(北海道庁稚内築港事務所技師)
4 お気に入り度 ★★★★
<参考>
・稚内港北防波堤 土木学会選奨土木遺産
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